大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(ワ)3704号 判決 1956年11月10日

東京都千代田区神田旅籠町三丁目十一番地

原告

東京都建設業信用組合

右代表者代表理事

畠山千代治

右訴訟代理人弁護士

天利新次郎

同都同区丸の内一丁目一番地

被告

日本国有鉄道

右代表者総裁

十河信次

右訴訟代理人日本国有鉄道職員

渡辺儀平

(他三名)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  原告の求める裁判

「被告は原告に対して金八十万円及びこれに対する昭和三十年六月五日から支払のすむまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

第二  被告の求める裁判

主文と同趣旨の判決。

第三  原告の主張

一、訴外大西建設株式会社(以下「訴外会社」という。)は昭和二十九年十二月二十七日被告から、請負代金は金八十万円、竣工期は昭和三十年二月二十三日とし、請負代金は工事完成後支払うとの約定で八王子機械係詰所移転修繕工事を請け負い、訴外会社は昭和三十年二月二十三日この工事を完成した。

二、ところで訴外会社は昭和三十年二月一日原告に対してこの請負代金債権を譲り渡し、且つ、被告にこの債権譲渡の通知をすることを原告に委任し、これに基き原告は訴外会社の代理人として被告に対して同月二日附同月三日到達の書面で訴外会社が原告に請負代金債権を譲り渡した旨の通知をした。

三、よつて原告は被告に対して本件請負代金八十万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十年六月五日から支払のすむまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

四、被告主張の第二項の事実は知らない。

五、仮に被告主張の譲渡禁止の特約があつたとしても、原告はこの特約のあつたことを知らなかつたのであるから、被告はこの特約をもつて原告に対抗することができない。

六、被告主張の第四項の事実は認める。しかしながら代理人によつて債権譲渡の通知をするときには代理人は本人のためにすることを示して通知をすれば足りるのであつて、債務者に対しその代理の権限を証明することは必要ではないから、委任状を示さずに行つた本件譲渡通知は有効である。のみならず債権譲渡の通知は譲渡の事実が明確である場合には譲受人が通知することのできるものであり、且つ本件の場合には譲渡の事実が明確であるから、原告自身で本件譲渡の通知をすることができるのであつて、従つてこの点からしても被告の主張は失当である。

七、被告主張の第五項の事実のうち被告に対してその主張のとおりの裁判の送達があつたことは認めるがその余は知らない。仮に被告主張の第五項の事実が認められるとしても被告はこの弁済をもつて原告に対抗することができない。すなわち本件請負代金債権はこの裁判のある以前に既に原告に移転していたのであるから被告のした支払は無用の支払であつたというよりほかはない。

第四  被告の主張

一、原告主張の第一項の事実は認める。但し、請負代金の支払は工事完了後被告がその検査をした上訴外会社から代金請求書が提出されたときから四十日以内に行うとの約束であつた。

第二項の事実のうち被告が原告からその主張のとおりの書面でその主張のとおりの通知を受けたことは認めるがその余は知らない。

二、本件請負契約には、訴外会社は被告の承諾がなければ請負代金債権の譲渡ができない旨の特約があつたのであるから、原告が請負代金債権を譲り受けたとしても被告は原告に対しその債務を履行すべき責任はない。

三、原告主張の第五項の事実は否認する。

原告は中小企業等協同組合法に基き東京都内の建設業者が結成した信用協同組合であつて訴外会社はその組合員であつたところ、訴外会社は本件請負契約書を原告に差し出して原告から事業資金を借り受けようと考え、昭和三十年一月四日頃被告の東京鉄道管理局施設部用地課契約係から本件請負契約書の交付を受け、その頃原告に対して本件請負契約書を添付して事業資金の融資申込をした。これを受けた原告は同月十五日訴外会社の申込を承諾したのであるが、その間原告は本件請負契約書を保管し、これを検討していたのであるから、原告は本件請負代金債権の譲受の際この債権は譲渡禁止の特約のある債権であることを知つていたというべきである。

四、仮に第二、三項の主張がいれられないとしても、原告が訴外会社の代理人としてした債権譲渡の通知はその効力がないから原告はこの債権譲渡をもつて被告に対抗することができない。

すなわち、被告が受けた譲渡通知書には原告が訴外会社から譲渡通知についての委任を受けたことを証明する委任状の添付がなく、又その後被告がこの委任状の呈示を求めたにもかかわらず原告は委任状を示さなかつたのであるから、かかる譲渡通知は有効とはいえない。

五、仮に二、三、四項の主張がいれられないとしても、被告は既に本件請負代金の支払をしたのであるから原告の請求は失当である。すなわち被告は原告から本件債権譲渡通知を受けたのち、昭和三十年二月二十三日訴外会社からその名義の請負代金請求書を受けたので訴外会社が依然本件請負代金債権の債権者であると信じていたところ、本件請負代金の内金十七万千三百六十円につき同年三月三日訴外株式会社内山機械製作所を債権者とし訴外会社を債務者とする債権差押及び転付命令(東京地方裁判所昭和三十年(ル)第二二八号同(ヲ)第三九四号)の送達をうけ、且つ、株式会社内山機械製作所から同年三月十六日附の書面で支払の請求を受けたので、同月二十三日同会社に対して金十七万千三百六十円を支払つた。更に被告は同年三月九日本件請負代金債権につき債権者を訴外第三信用組合とし債務者を訴外会社とする債権仮差押決定(同庁同年(ヨ)第一二〇四号)及び同年四月十八日本件請負代金残金六十二万八千六百四十円につき債権者債務者を同じくする債権差押及び転付命令(同庁同年(ル)第四二〇号同(ヲ)第六四三号)の送達を受け、且つ同組合から同年五月六日附書面で支払の請求を受けたので、同月十二日同組合に対して本件請負代金残金を支払つた。これらはいずれも本件請負代金債権の準占有者に対する善意の弁済であるから、この弁済をもつて被告の義務は消滅したのである。

第五  証拠(省略)

理由

一、原告主張の第一項の事実は被告の認めるところである。なお証人高田寿夫の証言並びにこの証言及び証人西岡正雄の証言により成立を認めることのできる乙第一号証によると、本件請負代金の支払は工事完了後被告がその検査をした上訴外会社から代金請求書が提出されたときから四十日以内に行う約束であつたことが認められる。

二、次に、証人西岡正雄、飯塚家彬の証言、原告代表者尋問の結果並びにこの証言及び代表者尋問の結果により成立を認めることのできる甲第一、二号証によると、訴外会社が昭和三十年二月一日原告に対して本件請負代金債権を譲渡したことが認められるが、一方証人高田寿夫の証言及び前記乙第一号証によると、本件請負契約には、訴外会社は被告の承諾がなければ請負代金債権の譲渡ができない旨の特約があつたことが認められる。

三、そして前記甲第一号証及び成立に争のない甲第四号証、乙第二号証並びに証人西岡正雄、高田寿夫の各証言及び原告代表者尋問の結果によると、訴外会社は被告と本件請負契約をした直後、材料購入費工賃等の費用にあてるため建設業者に対する資金の援助を業としている原告に金員の借用を申し入れ、その担保のため昭和二十九年十二月二十八日原告に対して本件請負代金債権の受領の権限を委任したが、その際訴外会社は前記特約の記載してある本件請負契約書を原告に提出し、原告はこれを約一週間預り保管していた事実が認められる。この事実から推すと、原告は貸付の当否を定めるためその間本件請負契約書の内容を検討したものと察せられるから、これによつて本件請負代金債権が譲渡禁止の特約のある債権であることを知つたものと認めるのが相当である。証人飯塚家彬及び原告代表者の「原告は本件請負契約書の提出を受けた際、単にその成立の時期、注文者及び請負代金を確認しただけであつてその詳細な内容は検討しなかつたから、前記特約のあることに気がつかなかつた」旨の供述は信用し難く、ほかに前記認定を左右しうる資料はない。

してみると、被告はこの特約をもつて原告に対抗することができるから原告に対して本件請負代金債務を履行すべき責任がないことになる。

四、よつて、原告の本訴請求は、その余の点につき判断を加えるもでもなく失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第四十九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第十一部

裁判長裁判官 古関敏正

裁判官 田中盈

裁判官 山本卓

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例